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追悼ヤナ・レチュコヴァー(1956‐2018)

 Facebookでは既にお知らせしましたが、チェコ・ファンタスチカを代表する作家ヤナ・レチュコヴァー Jana Rečková さんが去る3月27日に亡くなりました。

 日本の皆さんには未知の作家とはいえ、チェコのファンタスチカ史上に残る大きな存在だったことは間違いありません。

 そこで、彼女がいかにかの国のファンタスチカ関係者とファンから敬愛されていたかを理解していただこうと、作家・翻訳家・評論家のユリエ・ノヴァーコヴァーさんがWEB誌 “XB-1” に書いた追悼文を翻訳し、ここに掲載します。掲載を快く許可してくださったノヴァーコヴァーさんに感謝します。

 当HPのヤナ・レチュコヴァーさんの紹介頁はこちら、Facebookでの訃報紹介はこちら

 文学界の偉才、作家・翻訳家、そしてこれを忘れてはならないのだが、医師のヤナ・レチュコヴァーが癌との長く勇敢な戦いの末、62歳を目前にチェコ・ファンタスチカに別れを告げた。30冊の著作、その倍以上の短編、そして50作におよぶ翻訳作品を彼女は遺した。代表作の長編 “Kniha prokletých(呪いの書)” や “The Expanse” シリーズ(訳註)といった翻訳書でこれからもヤナはわたしたちの心に生き続けるとはいえ、コンベンションや新作発表会で目にした彼女の笑顔やあたたかいユーモアには残念ながらもう触れることはできない。最後のお別れの会は2018年4月6日(金)の11時からプラハ10区ディコヴァ1のフス派教会で執り行われる。

 彼女がチェコ・ファンタスチカに遺し続けた偉大な足跡はここで途切れてしまった。ヤナは他の追随を許さないぐらい勤勉で、多作な作家・翻訳家だった(神経科医としてのキャリアについてはここでは触れない)。彼女の物語はいつも面白くて、彼女にしか書けないものだった。特定の枠に納まることなく、我が道を歩いていた。その意味でわたしにはピンとこない作品がある一方、いい作品は本当にグッときた。的外れなものも手に汗握るものもあったが、後者の方が多かった。ヤナは一つのジャンルやスタイルにとどまらず、あきれるほど軽い作品と熟練作を交互に発表していた。スペース・オペラの世界でも密室ホラーでも歴史ファンタジィでも自家薬籠中の物にするという、一握りの作家のみが成しうる業をやってのけた。それは翻訳でも同様で、レヴ・グロスマンのファンタジィ・シリーズ “The Magicians”、ジェイムズ・S・A・コーリイ(二人の作家の共同ペンネーム)の傑作スペース・オペラ “The Expanse” (どちらのシリーズも最近テレビ・ドラマ化)、ロスファスの《キングキラー・クロニクル》(映画化とテレビ・シリーズ化が進行中)、サリヴァンの《盗賊ロイス&ハドリアン》(最終巻は彼女が亡くなった日に刊行)、その他のシリーズや独立した長編、数々の短編が作品リストに並んでいる。残念ながらいくつかのシリーズは最終巻まで携われなかったが、その優れた翻訳はこれから先もわたしたちに遺されている。

 ヤナはいつも気さくで、陽気な楽しい人で、最も苦しい状況にあってもそこにユーモアと俗っぽさを越えたものを見出していた。癌との闘病は2013年から続いていたが、体調の悪さを乗り越えコンベンションや国際ブックフェア、新作発表会やその他のイベントに顔を出しては、あたりに心地よい空気をもたらしていた。その華々しいキャリアと成功(カレル・チャペック賞に何度もノミネートされ、大賞である山椒魚賞(Mlok)を三度、他にもイカロス賞を三度、トリフィド賞を二度受賞、長年に渡り応募していたベスト・ファンタジィ・コンテストでは「レディ」と「剣士」の称号を合わせて五度、昨年はアエロノーチラス賞のグランドマスターに叙せられた)にもかかわらず、いつもびっくりするほど謙虚だった。成人して以降、彼女のほとんどの時間はブロヴェツ大学病院での神経科医としての仕事、家族と病気の夫の世話、そして執筆と翻訳をこなしていくのに費やされた――わたしはこれほど働き者で、ねばり強くて几帳面、しかも独創的で才能がある人物をあまり知らないが、ヤナはまさにそういう人だった。

 病で倒れる数日前、ヤナはアカデミーSFFH(SF・ファンタジィ&ホラー)の生涯功労賞にノミネートされた。ヤナほどこの賞にふさわしい人物はいないだろう。小説と翻訳で彼女はチェコのこのジャンルを飛躍的に発展させた。彼女がこの賞を取ったとしても直接手渡すことはできないが、少なくとも追悼の意味で彼女が選ばれて欲しいとわたしは思っている。それが彼女の思い出へのわれわれの最低限の敬意だ。わたしたちは彼女を忘れない――その偉大な業績のおかげで、彼女はわたしたちとともにあり続けるのだから。

​                     ユリエ・ノヴァーコヴァー  Julie Nováková 

訳註.日本では第一作「巨獣めざめる」のみ刊行。チェコでは2017年に第六作 “Babylon's Ashes” がヤナ・レチュコヴァーの翻訳で出版された。

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