Terra Nullius
(主なき地)

編 者:ユリエ・ノヴァーコヴァー
Julie Nováková
表紙絵:ルカーシュ・トゥマ
Lukáš Tuma
発行年:2015年
出版社:Brokilon
頁 数:336
ISBN :978-80-7456-256-3
〔解 説〕
人類が人類として存在していることの意味はなにか。そしてわたしたちはあとどのぐらいそれであり続けるのか。本書の収録作は人類(それは人間、異星人、ロボット、動物を含む)についての物語だ。SFは人類が存在することの意味を定義し、それをさらに発展させる--登場人物たちは自らの限界に至るが、多くはそれを越える特別な存在である。
この本に収録されているのは、人間性を追求し、前人未到の領域に至ることを恐れなかった作家たちによる物語の数々である。どの作品もユニークで独創的だが、そのいずれもが驚天動地のイマジネーションという点において共通している。わたしたちはそれらの作品を読むことで、スパイの冒険行、危険な考古学とバイオテクノロジー、人類初の恒星間飛行のために太陽系の果てを目指す乗組員たち、普通の人間とはまったく異なる権利を与えられた存在、新技術の予期せぬ開拓、魅力的な宇宙現象、さらには存亡をかけた救済と復讐、もしくは相互理解という希望のために戦い続ける人類の世界へ旅立つのだ。
本書はチェコの生物学SFのアンソロジーとして、トランスヒューマニズム(超人間主義)をテーマに、考え得る限りあらゆる作風を網羅した、知的で深い思索に満ち、同時にリーダビリティの高い最良の作品集である。
収録作家:
マルチン・ギラール Martin Gilar
トマーシュ・ペトラーセック Tomáš Petrásek
カロリーナ・フランツォヴァー Karolína Francová
アレクサンドル・カズダ Alexandr Kazda
ユリエ・ノヴァーコヴァー Julie Nováková
トマーシュ・ドスタール Tomáš Dostál
ペトラ・ペハロヴァー Petra Pecharová
ルツィエ・ルカチョヴィチョヴァー Lucie Lukačovičová
ハヌシュ・セイネル Hanuš Seiner
〔Neklan 一言〕
チェコのSF・ファンタジィ・ホラーの紹介を目的としてこのサイトを始めたものの、今のチェコのファンタスチカ文学について調べれば調べるほど、ぼくの興味を引く作品はヴィルマ・カドゥレチュコヴァーの【ミツェリウム】シリーズを除けば、どれもファンタジィばかり(因みに、このアンソロジーのあとがきで評論家・編集者のマルチン・シュストが「近年のチェコではSFよりもファンタジィの方が、出版点数をふくめて勢いがある」と書いています)。そんな中、ついに出会いました。本格SFのアンソロジーに。
自身生物学者である編者のユリエ・ノヴァーコヴァーが得意分野である生物学SFのアンソロジーを編んだというのですから、期待も大きくなろうというもの。しかもこのアンソロジーは有名作家の作品に偏ることなく、新進作家であっても彼女の目にかなえば収録したという意欲的なもの。
とにかく、おそらくぼくにとっては初めてといってもいい、本格的なチェコSFの数々が収録されています。
各作品の内容・感想は以下のとおり。
●Vykradačka hrobů(トゥームレイダー)
マルチン・ギラール
米国家安全保障局(NSA)で著作権関係のアナリストとして退屈なデスクワークに携わっていたヒロイン(年齢は五十歳を越えている)が自らの知識を駆使してスパイとしての現場任務を無理矢理つかみ取る。バイオテクノロジーを用いた肉体改造を受けた彼女は、ガザのピラミッドで発見されたという古代技術の調査に赴くが、到着早々エジプトの情報局に逮捕され、尋問・拷問を受ける羽目に……。
作中、一応ナノテクノロジーという小道具は出てくるものの、基本的にはアクション(格闘シーン)満載の女スパイ冒険譚。ま、題名が題名ですからね(本格SFのアンソロジーのはずなのに)。ただ、チェコの読者投票では高得点を得ていて、一般的なSFファンの好みはこういう軽めのユーモア・アクションにあるということがわかるという意味では貴重といえるかも。作者によると、同じ世界設定の作品が他にもあるとの由。
●Bensonové efekt(ベンソン効果)
トマーシュ・ペトラーセック
地球から12光年の距離にある惑星ウランを目指し、二百年に渡る飛行を予定している人類初の星間移民用宇宙船ガイア。60年におよぶ準備期間を経て、既に乗員の三世代目が思春期を迎えている世代宇宙船の出発が間近に迫る中、船内で若者の自殺が二件発生。乗組員たちは遺伝子操作で精神的に安定しているはずなのに、なぜこのような事が起きたのか。事件の調査を命ぜられた女性精神科医ベンソンが見つけた真実とは……
SFでもっとも魅力的なガジェットのひとつである世代宇宙船が根本的に抱える問題(人の心理に与える)を真摯に考察した佳作。結末も含め、気持ちのいい作品です。
●Slepá spravedlnost(大義なき正義)
カロリーナ・フランツォヴァー
事故により車椅子生活を余儀なくされているマレクには面倒を細々とみてくれるやさしい弟ジョナサンがいた。高校生活を満喫しているジョナサンはマレクにとって社会との繋がりを維持するための目と耳であり、自分も体験するはずだった人生の様々な出来事についての報告者でもあった。ある日、ジョナサンが友人たちとハイキングに行ったまま帰って来ない。弟のことが心配でたまらないマレクだが、両親はジョナサンの不在をなぜだかまったく気にしていないようで……。
クローン技術が普及している社会で、違法コピーの存在やその人権といった問題に兄弟愛を絡めて描いた作品で、これも「ベンソン効果」と同様、正統的でカッチリとしたSFに仕上がっていて好感が持てます(この程度のネタばらしでは作品の面白さは損なわれない展開になってます)。このアンソロジーのベスト作のひとつでしょう。
作者のフランツォヴァーはオールディスの『寄港地のない船』でSFに目覚め、ハーバートの『デューン 砂の惑星』やトールキンの『指輪物語』、そしてオクテイヴィア・バトラー、オースン・スコット・カードが好きということからわかるように、作風もオーソドックスで骨太です。
●Kočkování(猫ワクチン接種) アクサンドル・カズダ
愛猫の心が知りたいと、猫と電脳的に繋がる手術を受けた女性を待つ皮肉な結果とは……。
本書の収録作ではもっとも短いのがこれです。フレドリック・ブラウンかロバート・シェクリィを思わせる皮肉なユーモアに満ちたワンアイディア・ストーリーです。日本の読者には受けるかも?
●Zaříkávač lodí(船にささやく者 シップ・ウィスパラー)
理論上存在は認められているものの、この宇宙ではあと三兆年はたたなければ存在しないはずの「黒色矮星」とおぼしき星が発見される。宇宙船ジョルダノ・ブルーノは四隻の僚船コペルニクス、ブラーエ、ケプラー、ガリレイとともに調査に向かう。40年におよぶ旅の間、総勢600名の乗組員の多くは冷凍睡眠状態にあるが、起きている数少ない一人イカルス・カイは、船を操る量子コンピュータのAIと神経接続されているシップ・ウィスパラー(船にささやく者)。目的の星についた彼らは、そこに異星人が遺したとおぼしき、ある装置を発見するが、「黒色矮星」の誕生にはそれが大きく関与しているらしかった……。
この作品は作者自身によって英訳、アシモフ誌の2016年3月号に掲載されましたので、読んだ方もいらっしゃるかもしれません。
●.... a první pošle Boha!(…まずは神をよこせよ!)
トマーシュ・ドスタール
●Dvacet cigaret denně a pět jazyků
(日に煙草を二十本、そして五カ国語)
ペトラ・ペハロヴァー
異星人との星間戦争において人類の命運を握る総司令官でありながら、急逝した偉大な父の記憶すべてを移植され、同じ任務につくことになった若き女性士官候補生の姿を、映画「市民ケーン」スタイルで複数の人間の証言によって描く。
カードの『エンダーのゲーム』を思わせる設定に加え、ヒロインの心情や彼女を知る人たちの思いも丁寧に描かれておりそこそこ面白いが、インタビュー形式が故に戦争の様子は伝聞のみ、その決着もサラッと伝えられるため大きな盛り上がりに欠け、宇宙戦争という設定にしている意味があまり感じられない印象。
題名は主人公の父親が日に二十本の煙草を吸い、五ヶ国語を操っていたことに由来。
●Pavilon Blíženců(ジェミニ・パビリオン)
ルツィエ・ルカチョヴィチョヴァー
●Terra nullius(主無き土地) ハヌシュ・セイネル