top of page

Kroky vraha

(殺人者の足音)

Kroky vraha.jpeg

著  者:ミハエラ・クレヴィソヴァー

      Michaela Klevisová

表紙絵:ヴェンドゥラ・ヴォルクメロヴァー

     Vendula Volkmerová

発行年:2007

出版社:Motto

頁  数:368

 ISBN  :978-80-7246-372-5

〔解 説〕

新進女性ジャーナリストのデビュー小説は国際推理作家協会のチェコ支部が年間最優秀ミステリに贈るイジー・マレク賞の2008年の受賞作である。プラハの森林公園で、夜、若い女性が絞殺された。彼女が殺害される前に言葉を交わした最後の人物がジャーナリストのユリエ・ケレロヴァーであることは間違いない。しかも被害者は彼女の娘クラーラに酷似していた。偶然か、それとも犯人の狙いは別の人物にあったのか?人間味あふれるヨゼフ・ベルグマン警部補が複雑な知恵の輪を解き、覆い隠された過去の謎を白日のもとにさらけ出す。(裏表紙の内容紹介より)

「評論家ミハエラ・クレヴィソヴァーのデビュー小説は、タイトルこそ地味だが、グイグイ引き込まれる正攻法のミステリである。ハラハラドキドキの読書にトラムの停留所で降りるのを忘れてしまう、そういうタイプの作品だ。謎に満ちた過去、ひねりのある人間関係と人物造形、そして二つの殺人事件の捜査といった伝統、アクションではなく日常性の重視といった要素が過不足なく盛り込まれている」(マグダレーナ・チェフロフスカー『経済新聞 Hospodářské noviny』より)

Dum na samote.jpg

​ (↑チェコテレビ制作のテレビ映画)

ヨゼフ・ベルグマン

 Josef Bergman 

​ 

 ミハエラ・クレヴィソヴァーのミステリ・シリーズの主人公。


 捜査官ヨゼフ・ベルグマンは周囲にタフガイぶってみせようなどとは思いもしないタイプだ。五十代後半、ひねくれ者の一匹狼気質で、平穏と自由を愛し、過去に二度の円満な離婚歴あり。率直で分別を持ち、人の弱さや過ちに対して理解がある、飾らない地に足のついたヒーローだ。バランスのとれた自負心、ささやかな夢、穏やかな強さの持ち主で、内なる自信と冷静さに信頼感という、女性には好かれ男性には憧憬の対象となる資質が見てとれる。仕事に関してはコントロールフリークで、ものごとの順序にこだわり過ぎの感もあるが、優先順位が異なる人間を理解し、受け容れることはできる。最大の楽しみは夕暮れ時にプラハ郊外の小さな農家の玄関先で黒猫のディエゴ・マラドーナ(ベルグマンが一晩中どこにいて、いつ戻ってくるつもりなのかなどと訊きもしない理想的なパートナー)を膝にのせ、よく冷えたビールを飲むこと。つまり、あなたは彼に一目惚れはしなくても、好きになったら心変わりはしないだろう信頼できて応援したくなる、チェコの大地が生んだヒーローだ。(ミハエラ・クレヴィソヴァー公式HPの紹介より)

ヨゼフ・ベルグマン・シリーズ

01. Kroky vraha (2007)

  (殺人者の足音)本書
02. Zlodějka příběhů (
2009)

  (物語の盗人)
03. Dům na samotě (2011)
  (隠れ家)

04. Ostrov šedých mnichů (2015)
  (灰色の僧侶たちの島)

05. Zmizela v mlze (2017)
  (霧のなかに消えた女)

06. Sněžný měsíc (2019)
  (雪の月)

07. Drak spí (2020)

  (龍は眠る)

〔Neklan 一言〕

 『殺人者の足音』はファンタスチカではなく純粋なミステリです。

 Neklan はファンタスチカ同様、ミステリも好きでして。ただし犯人当ての所謂「本格もの」にはあまり面白みを感じず、スパイ・ハードボイルド・警察、そしてスリラーが好みです(作家でいえばジョン・ル・カレ、パトリシア・ハイスミス、シューヴァル&ヴァールー、ロス・マクドナルド、マイクル・Z・リューイン、レン・デイトン等)。

 「最近のチェコのミステリで何か面白いものはないか」とネットで探していたところ、この​『殺人者の足音』がチェコの年間最優秀ミステリに贈られるイジー・マレク賞の受賞作で、しかもNeklanが好きな警察小説と知り、読んでみることにしました。

​ 『殺人者の足音』はミハエラ・クレヴィソヴァー Michaela Klevisová(1976 - )のデビュー作であると同時に、ヨゼフ・ベルグマン警部補を主人公にしたシリーズの第一作でもあります。このシリーズはこれまでのところ2020年の Drak spí(龍は眠る)まで7作が発表。2022年には第三作のDům na samotě(隠れ家)がチェコテレビによってテレビ映画化されるなど、現在チェコでもっとも人気のあるミステリ・シリーズです(ただし、テレビ映画の評判はかんばしいものではありませんでした)。

 『殺人者の足音』は冒頭で殺人事件が起きるものの、その後は登場人物の日々の生活を丹念に描くことに重点がおかれ、主人公ベルグマン警部補は早い段階で登場しますが、探偵役として活発に動き始めるのは物語の半分以上を過ぎたところから。そのため、この作品で作者が書きたかったのは Neklan が期待していたような警官が主人公の警察小説でも、超人的頭脳を持つ名探偵が入り組んだ謎を快刀乱麻に解いていく本格ミステリでもなく、犯罪に巻き込まれた人たちの人生であることがわかってきます。

 被害者と最後に接触したユリエ・ケレロヴァーは五十代半ばの独身女性。美術雑誌の編集長をしながら、十二匹の猫と暮らしています。娘のクラーラとの関係はうまくいっておらず、膨れ上がった借金で首がまわらなくなった娘が助けを求めてきても、冷徹な態度しかとれません。一方、クラーラの借金の原因は、年下のボーイフレンドに自分は金持ちの娘と嘘をつき、彼の心が離れないよう散財を重ねたため。隣家の娘ヴェロニカは16歳。両親との仲はうまくいかず、最近できたボーイフレンドのダヴィッドが唯一の心のやすらぎのはずが、彼からユリエの家にある古美術品を盗み出すのに協力をするよう強いられています。この他にも出てくる人物は皆なにかしらの問題を抱えています。

 クレヴィソヴァーはインタビューでP・D・ジェイムズを尊敬しており、彼女のような小説を書いてみたいという思いから、自分の第一作にミステリを選んだと答えています。そう言われればこの作品はP・D・ジェイムズの諸作を思い出させるところがありますし、ベルグマン警部補のキャラクターは、おだやかな知性派であることや、人情家なのに仕事の上では冷徹さを感じさせるところなど、アダム・ダルグリッシュ警部(のちに警視長)と共通する点がある気がします。

 とはいえ、作品発表当時まだ30歳。しかもこれが小説第一作のクレイソヴァーには自分の高邁な理想を実現するための小説家としての力量がまだ足りなかったのでしょう。様々な人間模様が描かれるものの、それらが最後でうまく収束しているとは言えず、謎解きのあとは無造作に放り出されている印象があります。また、犯人は Neklan が思っていたのとは別の人物で、その意味で言えば犯人当てのミステリとしては成功なのでしょうが、「この人物が犯人で、読者にカタルシスはあるのか?」と感じたりもしました(これは Neklan が本格ミステリの良い読者ではないからかもしれませんが)。また、上記のように作品の半分まで捜査が本格的に描かれないので、主人公のベルグマン警部補はともかく、彼の部下たちの人物描写に割くスぺ―スがなくなり、薄っぺらい存在のまま終わっています。

 いろいろ文句を書いてきましたが、リーダビリティは高く、諸々の問題点もシリーズが進むにつれて解消され、作品のクオリティも上がっていく可能性も感じられ、もう少しつきあっていきたいと思います。

bottom of page