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造物主 Stvořitel

パヴェル・レンチーン Pavel Renčín  

 

 

 見わたしてごらん。山の中腹の、奥ふかい森からさほど遠くない影暗い岩棚に、小さな白い小屋がたっている。近くでは小川がごうごうと音をたて、流された森羅万象は早瀬のなかで水しぶきの虹へと化す。山の空気は青みをおび、氷のように冷たく、コケモモの味がする。太陽の光かがやく美しい眺望に心奪われていると、とつぜんひっかくような音が。奇妙な生きものがひらたい岩に跳びのろうとしている。それは猫の頭蓋骨と背骨、ダックスフンドの肩甲骨に上腕骨と脛(すね)の骨、狼の胸骨と肋骨に大腿骨――残りの骨がなんの動物のものかは神のみぞ知る――が組み合わさったもの。骨獣はあたりを見回し、鋭くピーと鳴く。後脚が前脚よりはるかに長く作られているので、丘から小屋にむかって喜び勇んで駆けだしたものの、道々何度も首の骨を折らんばかりにころがってしまう。

 岩棚の白い小屋にもうすこし近づいたら、それが数百もの長い骨、数千もの小さな骨、数十万もの歯とかぎ爪、鞘翅(さやばね)や触角からできているのが見てとれるだろう。

 親方は目のこまかいやすりで手工芸品をみがいていた。用意した膝の関節窩に猪の脛骨がぴったりはまるよう完璧な形にけずり、最後まで残ったするどいでっぱりの形をととのえる。鋸くずやかすを部屋のあちこちにまで吹きとばす。おのれの作品をきびしい目で見つめている。扉のむこうでピーと笛の音がした。親方が立ちあがらないでいると、今度は絶望に満ちた、風がむせびないているような音になった。シャンデリアにぶらさがっているポキポキ蛇がからだを揺らし、しっぽの先で名人の頭を軽くつつく。親方は蛇――小指ほどの長さの骨二十本にリスの頭蓋骨と前肢の骨を持つ――を見あげ、ためいきをついた。立ちあがって、なかに青い布が敷かれた櫃に細心の注意をはらいながら脛の骨を置き、扉をあけた。

 「おまえさんまでお出ましとはな」

 猫の頭蓋骨と長すぎる後脚をもつ小さな怪物に彼は笑いかけた。

 はげしくふるえているものをくわえた骨獣が、部屋のはしからはしまでうれしそうに走りまわった。

 「そうか、またしっぽが落ちたのか。おいでピー公、見てやろう」

 名人は棚から緑いろがかった小瓶、根をいくつかと乳鉢を手にとった。必要な材料をそれにいれ、緑の香水瓶からエキスを数滴くわえる。そしてすべてを丹念にまぜていると、かすかな煙が立ちのぼり、古い油のようなにおいがするねばねばの糊になった。野太く低い声で詠唱しはじめる。ピー公は机のうえに立ったまま、名人が準備をおえるまでおとなしく待っていた。すこしはなれたところにころがっているしっぽは小きざみにふるえているので、ポキポキ蛇の弟が這っているように見えなくもない。

 名人は三本の指でしっぽをつまみ、脊椎の端に糊をたっぷりと塗りつけた。

 「今度はなにをしたんだ。そのうち頭をなくすぞ、おばかさん」

 仙骨にしっぽをあてがい、しっかりと押しつける。

 ピー公は黒い眼窩で親方を真剣なまなざしで見つめながら、無邪気にほえた。

 「さ、あとは《庭》で横になってろ。明日の朝にはなおるだろう。そのうちまたおいで、このいたずら坊主が」

 彼は跳びはねている獣に声をかけた。それは彼のはじめての創造物のひとつだった。乳鉢と、関節の軟骨の代用になる混ぜ糊を棚にかたづけた。名人は櫃のほうに目をやる。いやいや、今日は最も手のこんだものを作るのはもう十分、気分転換になにか簡単な気晴らし品を作るのがいい。ひとつしかない窓の下においてある、骨でいっぱいの大きな桶に手をつっこんだ。そして机のうえに仔鹿の頭蓋骨、山盛りの背骨、鳥と齧歯類の足の数々を順々にならべる。彼は口元にかすかな笑みをうかべ、いそぐことなく作業にとりかかった。

 群青色の空に輝く星々が見えはじめる頃、親方の労作はほとんどできあがっていた。最後にのこった部品をそれぞれ正しい場所にはめ込み、骨のモザイク――キツネよりすこし小さい生き物の脊椎を完成させた。新しい存在をなんと呼ぶかはまだ思いついていないが、朝になったら名前も思い浮かぶだろう。興味津々、たのしみなことだ。できあがったばかりのまだ命なき創造物を抱きかかえ、裏戸から《庭》に出た。

 黒い土が足音を吸いこんでゆく。岩棚の下の《庭》は陰気で暗かったが、まったくの闇というわけでもない。青白い月の光が無数の小さくて幽美な花々――茎は鳥の雛や幼獣のやわらかな小骨、花びらはカブトムシやコガネムシの鞘翅(さやばね)、そのほかに蝶の羽根に加え、灰色や茶色がうすく散りばめられた蛾の羽根、それからコウモリの半透明の膜からできている――に反射していた。白い粉がまかれたほそい道、そして先端をとがらせた棒切れと、小型の齧歯類のフォークのような鎖骨でできた柵に同心円状にとり囲まれている石造りの小さな東屋(あずまや)。親方はかかえていた荷を、輪のひとつのなかにそっとおいた。命なき獣のまわりには、とがらせたモミの枝がいくつもつきたてられている。そこら中、暗い秘密が息づき、影が命を得ているかのよう。親方はきびすを返した。「おまえに素敵な夜が訪れますように」

 家にもどると、クリシュピーンの長い呼び声が聞こえた。小屋から遠くない木の暗い影に一メートルはあろうかというアライグマが腰をおろし、怪我をした前脚をなめては哀しげに鳴いていた。親方はクリシュピーンのところにいそぎ駆けより、彼がもってきたものを調べた。アライグマのかたわらには、悪臭をはなつ肉の切れ端がついたままの、長くて、風変りな骨がころがっていた。それは大型動物の脛の骨のようにも見えた。名人は魅力的な発見からなんとか視線をそらすと、怪我をしている小さな友人に集中した。

 「おはいり。足を見てやろう。そして明日になったら、これをどこで見つけたか教えておくれ」

 親方はクリシュピーンに治療をほどこしてから、不可思議な骨を調べた。獣たちはしばしば彼のもとにいろんなものを持ちこんでくるが、これに似たものはまだ見たことがない。形にそって手をすべらせ、ふかくにおいをかぎ、舌でそっと触れる。感に堪えないという面持ちで首をふると、とりあえずはそれを窓の下の桶にしまった。 ベッドにもぐり込む前に、群青色の布が敷かれている櫃をあけ、できあがりつつある美しい骨の塊を愛おしくてたまらないように見つめた。最高の傑作に仕上げるにはあとほんの少し、ほんの少しだけなにかが欠けている。

 寝苦しさに輾転反側する親方、その両手はなにかをつかんで離すまいとしているかのように、小刻みにふるえていた。これまでにもう何度となく見た夢が頭にとりついてはなれない。彼は骨の夢を見ていた。この世にたったひとつの、美しくて素朴な、自分が思い描いたとおりの、とにかく完璧な骨。作品の完成に欠けている最後の骨。彼が作っているのは世にも特異な芸術品だ。実際にできあがったものは自分のイメージの正確な再現でなければならず、そうでなければ意味がない。環にぴたりとはまる最後の鎖、その姿形を思い出せないという精神的拷問は、朝、目がさめるまで彼を責めさいなむのだ。完璧なまでの一致。彼はいらいらの種でしかないその眺めをかき消すように手をふり、寝返りをうった。

 

 ゆっくりと消えつつある星々が、ひとつっきりの窓から部屋のなかを心配そうにのぞきこんでいた。ポキポキ蛇が寝ている名人のうえを這っていったが、彼はピクリとも動かず、静かな寝息をたてている。夢のなかで親方は、昨夜クリシュピーンがもってきたものを調べていた。森を歩いているらしい。見たこともない風景のなかにひとりきり。知らない言葉で叫ぶ。こたえはない。恐怖で不安が膨らんでいく。さまよい歩き。数日が過ぎて昼と夜がいやおうなしにいれ替わり、喪失感と恐怖は大きくなる一方。希望は失われつつある。場面が少し跳ぶ。全身に疲労と痛み。飢え。親方は足をひきずり、青く腫れた足には二本の添え木がシャツの切れはしでぐるぐるに巻かれている。ずきずきと鈍痛が。からだを杖にあずけ、重みでふらふらしながら歩きつづける。どこかにたどりつかねば。耐えがたい渇きが喉を焼く。しばらくの後、ピューマのエラマに出くわすが、むこうは彼とはまったく気づかず襲いかかってくる。噴き出した赤い色がすべてを覆いつくす。親方の頭になにかがひらめくのだけど、朝起きるとまったく思い出さない。

 

 連打音。それがもう一度、前よりも強く、指で机をたたいているような音。ただし、その指は何十もあるにちがいない。消えゆく夢のはしっこを必死でつかもうとしていた親方の安息のときは、とぎれることのない音によって完全に断ち切られた。まぶたをひらく。骨獣が熱心にベッドをひっかこうとしている。仔鹿の頭蓋骨が歯をカツカツうち鳴らし、からっぽの眼窩で親方を見つめる。彼はそれが喜び、はしゃいでいるのがわかった

 「おまえに良き朝が訪れますように、ミン」 親方はにっこり笑い、小さな生き物をベッドにのせた。半メートルほどの胴体――トナカイの成獣の大きな背骨に四十もの鳥やネズミ、小さな猛獣の脚がびっしりと二列に並んでいる――を持つそれは、トカゲっぽく見えなくもない。足の長さはそれぞれ異なっているのに、それがひとつになって動くや、障害物を乗り越える小型の無限軌道(キャタピラー)のよう。

 「そしてそれがこの先もずっとつづくよう。わが友ミンよ」 これは彼にとってはお定まりのことだった。《庭》で一晩すごした新しい創造物に魂が宿り、命がふき込まれると、親方はそれに名前をつけ、あいさつをし、その前途を祝福するのだ。

 ひとしきりのち、出かける準備ができた名人はクリシュピーンに案内され、岩棚の下の白い骨小屋をあとにした。ミンは大きな玄関の脇にある犬猫用の小さな扉を大急ぎでくぐると、波うつような動きで彼らについて行った。仔鹿の頭蓋骨がリズムを変えながら歯をカツカツ鳴らしつづける。ミンは歌っていた。

 ハヤブサが驚いて藪から飛びたったと見るや、小さな骨獣とアライグマに先導された親方が、からまった枝をボキボキとかき分けながらあらわれた。興奮に打ちふるえているクリシュピーンは、先頭を走ったかと思うとすぐにまた、歩みの遅い名人が長い腕で藪を押しのけ、露の玉が光る蜘蛛の巣をはらいのけているところへもどってくる。クリシュピーンの態度に、親方は目的地に近づいているのがわかった。しばらくすると周囲の雰囲気が一変し、眠そうな蛙がゲコゲコと鳴く声とコオロギたちのひきもきらぬ単調な合唱に、高い木々が立ちならぶ明るい森へとはいっていった。針葉樹の森はキノコの香り、虫たちの羽音、そして太陽の光の帯で満ちている。

 男が片手を体の下に、もう一方の手は顔をかばうようにして腹ばいになっていた。肥大した肉体は、既に森の屍(しかばね)あさりたちによって場代をとられ、近くにある蟻塚の赤錆色のアリたちも時間を無駄にしなかった様子からして――断定はできないが――数日間はそこにそうしているようだ。背中の大部分と片手、そして片足のほとんどがなくなっていた。発見した死体で頭がいっぱいになった親方は、顔を見もせずそれをひっくり返した。皮膚が動いているように見える。その理由を調べようと、鋭くとがった爪で皮膚を切り開く。丹念に男を調べていると、興奮でからだがわなないてくる。これほどまでに変わった動物だとは。なんと完璧な構造、繊細な作りの骨、完全無欠なまでに実用的で優雅。そして色、ああ、この香り。彼は剥きだしになった顎の一部に上品に舌を這わせた。この味ときたら。興奮して手の甲の骨の突起を使って男の胸をひらき、宗教的といえる恍惚状態のままキチン質の三本指の手を押しこんだ。バキッとくぐもった音。アライグマは怯えてあとずさった。骨獣のミンは歯と歯を打ち合わせたまま凍りついている。親方は腐敗した死体の胸から手をひき出し、勝ち誇ったように笑った。彼はこの世にひとつしかない、被創造物の頂点に立つ傑作、美しく、そして素朴な骨を一本にぎっていた。

 肋骨――最後の男の。

〔Neklan 一言〕

 「造物主」は現在のチェコのファンタジィ・ホラー作家として最も高い評価を得ているパヴェル・レンチーンが初めて世間に認められた短編、アマチュア時代の彼が1999年に【トロールスレイヤー卿の鉄の手袋】と【最優秀ファンタジィ・コンテスト99】という二つの短編コンテストに応募し、その両方で二位に選ばれた、ほぼ彼のデビュー作といっていい作品です。

 まだ習作レベルのものであり、最近のレンチーンの作品と較べると粗削りではありますが、奇抜な着想と視覚イメージを喚起する文章、そしてブラックユーモアという、彼の作風を特徴づける要素はすべて既にあります。

 因みに翻訳にあたり、登場する動物たちの名(クリシュピーン、エラマ、ミン)には何か隠された意味(たとえば宗教的な)があるのかと思い、いろいろ検索したのですが、調べがつかず。最終的に作者本人に問い合わせたところ、「あの頃まだ駆け出しの作家だった自分は、そんなことはあまり深く考えておらず、クリシュピーンとミンについていえば、仔犬みたいな可愛らしい動物につけるにふさわしい、ユーモラスな響きの名前ということでつけた」との返事でした。
 

 お楽しみいただけましたでしょうか。今後も彼の作品は翻訳・紹介していきたいと思っていますので、ご期待ください。

       この頁の掲載写真はプラハ近郊の町クトナー・ホラにあるセドレツ納骨堂の内部

                                             公式HP(英語)

                                 日本語版Wikipedia セドレツ納骨堂

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